『破産したのに、人生が続いているんですが』#3
第3話 所持金ゼロなのに、広告だけがやたら前向き
役所を出た帰り道、
私はベンチに座ってスマホを見ていた。
理由は特にない。
強いて言えば、
破産後の世界に馴染めていない人間の待機動作だ。
スマホを開く。
通知がある。
広告だ。
「今すぐ現金化!」
「審査不要!」
「最短5分!」
……誰に向けて言ってる?
私は昨日、
「この人はもう返せません」
と正式に判定された人間だ。
国から赤ペンで
「無理」
って書かれた存在だぞ。
それなのに、
広告だけが私を信じている。
信じるな。
一番信じちゃいけない相手だ。
スクロールする。
「クレジットカード不要!」
「ブラックOK!」
「人生、やり直せます!」
やり直せるのか。
どこ情報だ。
誰がそんな希望を発行した。
私はスマホを少し遠ざけた。
画面が眩しい。
広告が、眩しい。
破産した人間に、
このポジティブさは刺激が強い。
試しに、
家計簿アプリを開いてみる。
残高:0円
小数点以下まで、
きれいにゼロだ。
ここまで清々しいゼロは初めて見た。
もはや芸術。
「よし、節約しよう」
とかいう気持ちすら湧かない。
節約以前に、
削る部分が存在しない。
RPGで言えば、
装備もスキルも外した状態で
ラスボス城の前に立っている。
だが、
世界は私に戦闘を要求しない。
「今日も生きましょう」
それだけだ。
コンビニの前を通る。
新商品のポスターが貼ってある。
「新発売!」
新しくなるな。
今は。
私の人生が旧式のままなんだ。
世界だけアップデートするな。
お腹が鳴った。
……鳴るんだ。
破産すると、
食欲も一緒に消えると思っていた。
だが違う。
胃は、何も知らない。
「燃料を入れろ」
という要求だけは、
今まで通り正確だ。
私は財布を開く。
中身は、空。
空だけど、
妙に整っている。
レシートも、
ポイントカードも、
全部整理されている。
破産したのに、
財布の中が綺麗。
この矛盾が、
じわじわ効いてくる。
ベンチに座ったまま、
深呼吸する。
大丈夫。
今日は何もしない日だ。
破産した人間は、
何もしなくていいはずだ。
そう思っていた。
思っていたのに、
通行人は普通に歩き、
車は走り、
夕方はちゃんと近づいてくる。
誰も、
私の人生イベントに
足並みを揃えてくれない。
……なるほど。
自己破産って、
人生のリセットじゃない。
セーブデータはそのままで、
一部の装備だけ消えるタイプのイベントだ。
そしてゲームは、
問答無用で続行される。
私は立ち上がった。
とりあえず、
今日は帰ろう。
所持金ゼロでも、
帰る場所はある。
それだけで、
この世界は思ったより
続いてしまうらしい。
