『破産したのに、人生が続いているんですが』#2

第2話 役所が優しすぎて、逆に不安になる

破産した人間が次に行く場所は、だいたい役所だ。

これは偏見ではない。

人生のチュートリアルに組み込まれている。

受付で番号札を取る。

紙は、思ったより薄い。

人生が詰まった番号札って、

もっとこう、重みがあると思っていた。

鉛でできているとか。

軽い。

驚くほど軽い。

番号が呼ばれる。

私は立ち上がる。

足取りは普通だ。

おかしい。

もっと足が重くなるフェーズだろ、ここは。

窓口の人は、にこやかだった。

「本日はどうされました?」

そのきき方はずるい。

まるで

「保険の相談ですか?」

「引っ越しの手続きですか?」

みたいなテンションだ。

私は一瞬、迷った。

ここで「自己破産しました」というのは、

空気的に不適切な気がした。

だが、他に言いようがない。

「……えっと、自己破産を…」

言った。

いった瞬間、

空気が変わると思った。

変わらなかった。

「かしこまりました」

かしこまるな。

もっとこう、

「大丈夫ですか?」とか

「お辛かったですね」とか

そういう人間的なリアクションが来ると思っていた。

でも違う。

この人にとって、

自己破産は日常常務だ。

「こちらの書類をお願いしますね」

差し出された紙の量が多い。

人生が紙に変換されている。

名前を書く。

住所を書く。

世帯状況を書く。

ペンはすらすら動く

破産したてなのに。

あれ?

私、今、めちゃくちゃ丁寧に扱われていない?

椅子は座りやすい。

声のトーンは柔らかい。

説明はわかりやすい。

むしろ、

今までの人生で一番、

公的機関にやさしくされている。

怖い。

「こちらは生活に必要な制度になりますので。」

「無理の無い範囲で大丈夫ですよ」

「わからなければ、いつでも聞いてくださいね。」

……逆に不安になる。

今まで、

「自己責任」

「ちゃんと調べてから来てください」

「それは対象外です」

で殴られてきたのに、

破産した途端、

世界が母性を出してくる。

これは罠じゃないか?

何かの実験か?

「人間はどのタイミングで安心すると壊れるのか」

そういう社会実験だろ、これ。

書類を書き終える。

窓口の人が言う。

「これで手続きは以上になります。」

……以上?

私の人生イベント、

今ので終わり?

ボス戦とかないの?

後半フェーズとか?

裏ダンジョンとか?

ないらしい。

立ち上がる時、

相手は微笑んでいった。

「お疲れさまでした」

その言葉で、

脳が一瞬フリーズした。

お疲れ様?

何に?

破産に?

人生に?

それとも、今日ここに来たことに?

私は会釈をして、役所をでた。

外は晴れていた。

空が青い。

破産した人間に、

こんな天気を用意するな。

もっとこう、

曇天とか、

小雨とか、

情緒を合わせろ。

でも世界は合わない。

世界は続いている。

優しく、何事もなかったかのように。

……正直に言うと、

少しだけ、怖かった。

ここまで来て、

誰も私を終わらせてくれない。

どうやら私は、

生きることから

免責されなかったらしい。

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