『破産したのに、人生が続いているんですが』#1

第1話 破産翌日の目覚ましは情がない

人生が終わったと思った日の翌朝、
目覚ましは普通に鳴った。

いや、鳴るなよ。
昨日、自己破産したんだぞ。
もっとこう、配慮とかないのか。
「お疲れさまでした。本日は起床不要です」みたいな通知が来てもいいだろ。

だが現実は無情で、
スマホはいつも通りの電子音で
「平日です」「社会は回っています」と主張してくる。

……仕方なく起きた。

布団から出た瞬間、思った。
あれ?
身体が、元気だ。

おかしい。
もっとこう、内臓のどこかが「破産しました」って音を立てて崩れるとか、
精神がミシミシ言うとか、
そういう演出があると思っていた。

ない。

普通に、朝だ。

洗面所に行って歯を磨く。
水が出る。
電気もつく。
鏡の中の私は、昨日と同じ顔をしている。

……いや、厳密には同じじゃない。
信用がない顔だ。

顔色は健康。
ステータスは瀕死。
見た目と中身が一致していない。

冷蔵庫を開ける。
卵がある。

破産しても、卵はある。

この事実が、地味に一番きつかった。
世界は、私が終わったことを一切気にしていない。

昨日まであれだけ
「人生どうなるんだろう」
「明日なんて来ないかも」
とか考えていたのに、
明日は普通に来た。

しかも、腹を空かせて。

トーストを焼く。
焼ける音がする。
パンは、破産に動じない。

バターを塗りながら思う。
私は今、何をしているんだろう。

昨日、裁判所で
「免責を許可します」
って言われたはずだ。

人生で一番重いイベントのはずなのに、
その翌日にやっていることが
パンにバターを塗る

温度差がひどい。

昨日の私は、
「ここが人生の底だ」
「もう何も残っていない」
って顔をしていた。

今日の私は、
「卵、今日使うかどうか」
で悩んでいる。

人間の適応力が怖い。

スマホを見る。
未読通知がある。

広告だ。

「今すぐ借りられる!」

……早すぎない?

昨日、国から
「あなたはもう返せない人です」
って正式に認定された人間だぞ。

それに対して、
「借りませんか?」
って来るの、どういう倫理観だ。

私はスマホを伏せて、深呼吸した。

破産した。
確かにした。

でも、世界は続いている。
私の意思とは関係なく。

生きることが、
思ったより自動運転すぎる。

「終わりたい」と思っても、
身体は勝手に起きて、
歯を磨いて、
パンを食べる。

人間って、
システムに組み込まれすぎじゃないか。

……まあいい。

今日は、何もしない日にしよう。
人生が続いていることに、
まだ文句を言う元気は残っている。

それだけは、
破産しても失われなかったらしい。

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