『未来から来た俺が、今の俺を全力で止めにくる話(理由は言わない)』
それは平日の夜だった。
コンビニで買ったカップ麺にお湯を注ぎ、三分待つという人類が編み出した最も貴重な儀式に入ろうとした。
その瞬間…
「やめろ」
背後から声がした。
低く、切迫していて、妙に聞き覚えがある声だった。
「今すぐ、それをやめろ」
振り返ると、そこにいたのはーー俺だった。
少し疲れた顔で、目の下にクマを作り、服のセンスが致命的に未来っぽい俺。
「……誰?」
「俺だ。未来のお前」
「いやいやいや」
カップ麺のフタを半分開けたまま、俺は固まった。
未来の俺は一歩踏み出して、やたら真剣な顔で言った。
「頼む。今すぐそのカップ麺を食うのをやめろ」
「理由は?」
「言えない」
即答だった。
「言えないの!?」
「言えない。とにかくダメだ。」
未来の俺は一瞬、口を開きかけた。そして額を押さえた。
「……あ、だめだ。言おうとすると頭が痛い。」
「それ便利過ぎない?」
「本当にやめてくれ。ここが分岐点なんだ」
「人生の分岐点がカップ麺?」
「そういう未来もある」
未来の俺は妙に説得力のある目をしていた。嫌だ。
「じゃあ何をすればいいんだよ」
「何もしないでくれ」
「三分経つんだけど」
「捨てろ」
「えぇ…」
俺はカップ麺と未来の俺を交互に見た。
未来の俺は、まるで核ミサイルの発射コードを見る研究者みたいな顔をしている。
「前にも来たからな、俺」
「え?」
「先週も止めたんだけど」
「知らないんだけど」
「記憶は消えている。」
「都合よすぎない?」
「その時も理由を言えなかった」
「じゃあ毎回失敗しているじゃん!」
未来の俺は黙った。
その沈黙が、何より嫌な答えだった。
「……なあ」
俺は恐る恐る聞いた。
「これ、止めないとどうなるの?」
「言えない」
「最悪?」
「言えない」
「死ぬ?」
「言えない」
「社会的に?」
「言えない」
「胃もたれ?」
「それは近い」
近いんだ。
ピピピ、とタイマーが鳴った。
「時間だ」
未来の俺が叫ぶ。
「待て!考えさせろ!」
「考えるな!今すぐ選べ!」
「理由もなしに!?」
「俺を信じろ!」
「お前俺だろ!?」
「だからだ!!」
その叫びがやけに必死で、俺は手を止めた。
数秒後、俺はカップ麺を流しに捨てた。
未来の俺は、崩れ落ちるように座り込んだ。
「……助かった」
「何が?」
「世界が」
「軽くいうな」
未来の俺は立ち上がり、少しだけ笑った。
「じゃあな。次はたぶん、来なくて済む」
「なあ」
消えかける未来の俺に、俺は叫んだ。
「結局何が起こるんだよ!」
未来の俺は一瞬だけ振り返って、こういった。
「言えない。でもーー」
そこで、完全に消えた。
流し台には、捨てられたカップ麺。
俺はしばらくそれをみつめてから、スマホを取り出した。
(腹減ったなぁ)
コンビニに行く準備をしながら、なぜか胸の奥がざわついていた。
ーーこの選択を、未来の俺は何度やり直したんだろう。
理由は分からない。
だが少なくとも今日は、
俺は未来の俺に、人生を止められたらしい。
