『今日も何も起きないはずだったのに日記』第2話

【翌日】

目が覚めた。

まず最初に思ったのは、「起きてしまった」という事実についてだった。
これは誰の責任でもない。私のせいでもないし、布団のせいでもない。
ただ、朝は来る。それだけだ。

時計を見る。
予定より七分早い。

七分。
この中途半端さが嫌だ。
早起きとも言えず、二度寝するには覚醒しすぎている。
七分という時間は、人生のどこにも使い道がない。

とりあえず天井を見る。
特に変わった模様はない。
天井が天井であることを確認し、私は少し安心する。
今日も世界は余計な自己主張をしてこないらしい。

起きる。
布団から出る瞬間、足先が少し冷える。
これは事件か?
いや、冬だ。世界が悪い。私は悪くない。

朝食は昨日と同じパン。
焼かない。
昨日と同じ選択ができていることに、なぜか誇らしさを感じる。
人は変わらないことで安定する生き物だ。
たぶん。

スマホを見る。
通知が一件ある。

……ある。

心拍数が上がる。
誰だ。
何だ。
今この「何も起きない路線」に、割り込んでくるのは誰だ。

恐る恐る開く。

「システムアップデートのお知らせ」

……お前か。

内容を読まずに閉じる。
アップデートは今日じゃなくていい。
私の人生も、今は更新しなくていい。

外に出る。
昨日より風が少し強い。
私の存在が軽いからか、世界が私を押し流そうとしている気がする。
だが、押し流されるほどの勢いはない。
中途半端な風だ。世界も迷っている。

歩いていると、前から来た人と進路がかぶる。
右に行く。
相手も右に行く。
左に行く。
相手も左に行く。

一瞬、無言のダンスが発生する。

目は合わない。
謝罪もない。
ただ、お互いに「すみません」の気配だけが漂う。

これが人間関係のすべてかもしれない、と思う。
事件ではない。
でも、HPは1くらい減った。

昼。
何を食べたか、正確には覚えていない。
お腹は満たされたので問題ない。
記憶に残らない昼食は、たぶん成功だ。

午後。
特に何もない。
本当に何もない。

「何もない」が続くと、逆に「このままでいいのか?」という疑問が湧いてくる。
だが、この疑問自体が余計だ。
今日は何も起きない日なのだから。

夜。
風呂に入る。
昨日より少しぬるい気がする。
昨日より少しだけ長く浸かる。

人は、昨日との差分でしか幸福を測れない生き物なのかもしれない。

寝る前。
今日を振り返る。

・大事件:なし
・中事件:進路かぶりダンス
・小事件:アップデート通知
・成果:今日も世界と衝突せずに済んだ
・反省:世界を警戒しすぎ

結論。
今日も、何も起きなかった。

……いや、正確には、
「何も起きなかったことを確認する作業」が一日分、起きた。

まあいい。
確認できたなら問題ない。

布団に入る。
明日も、たぶん何も起きない。
そう思いながら目を閉じる。

――その時、
目覚ましの設定が一分ズレていることに気づいた。

……。

これは明日の私の問題だ。
今日はもう寝る。

今日も、生存。
合格。

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