第3章|誰が続きを望んだのか

やめよう、と思った。

はっきりと、
そう言葉にできる程度には、
危機感があった。

続きを書くのを。
正確には、
続きを“開く”のを。

今日はもう十分だ。
短編にすると決めた。
第2章まで書いた。

ここで切ればいい。
違和感は残る。
でも、それでいい。

未完は、
最初から想定していたはずだ。


ファイルを閉じる。

それだけのことなのに、
一瞬、指が止まる。

閉じたあと、
何が残る?

そんな問いが、
自然に浮かぶ。

「……関係ないか」

誰に言うでもなく呟いて、
×を押す。

画面が消える。

デスクトップが表示される。

現実だ。


椅子から立ち上がる。

水を飲もうとして、
キッチンに向かう。

コップを取る。
水を注ぐ。

その間も、
頭の中では、
さっきの一文が反芻されている。

次からは、
判断が追いつかなくなる。

誰の判断だ。

主人公の。
それとも――

蛇口を閉める音が、
思ったより大きく響いた。


戻る。

自分でも驚くほど、
自然な動作だった。

椅子に座る。
マウスに手を置く。

「確認だけだ」

そう、確認。

終わらせる前の、
最終チェック。


ファイルを開く。

さっき閉じたはずのものが、
すぐに表示される。

スクロール位置は、
ちょうど、第3章の冒頭。

……?

そんな章、
用意していない。


見出しがある。

第3章|誰が続きを望んだのか

息を吸って、
止める。

タイトルは、
今まさに自分が考えていた言葉と、
一致していた。

「……冗談だろ」

誰に向けた言葉でもない。

でも、
返事が来る気がして、
少しだけ待ってしまう。

何も起きない。

当然だ。


読み進める。

まだ、文章はない。

ただ、
注釈だけが並んでいる。

※ここで作者は、
書くのをやめようとする

※しかし、
やめるという判断も、
物語の一部になる

※選択肢は三つあるが、
どれも「続き」に見える

「……待て」

声が出た。

これは、
メモだ。

プロットだ。

本文じゃない。
はずだ。


スクロールする。

最後まで。

そこに、
短い一文があった。

※どれを選びますか?

カーソルが、
その下で瞬いている。

まるで、
入力待ちみたいに。


手を離す。

キーボードから。
マウスから。

何もしなければ、
進まない。

それで終わる。

はずだ。


数秒、
そのままにする。

何も起きない。

画面は、
静かだ。

「……ほら」

安心しかけた、その瞬間。

v1.11(自動保存)

画面の端に、
小さく表示が出る。

自動保存。

設定していない。

でも、
文句を言うほどのことでもない。


表示が消える。

本文欄に、
一行だけ、文字が増えていた。

彼は、
まだ何も選んでいない。

喉が鳴る。

「……書いてない」

確かに。

でも、
否定する材料もない。

誰かが“書いた”証拠もない。

ただ、
そこにある。


選択肢は三つある、と
注釈にはあった。

閉じる。
消す。
完成させる。

どれも、
この一文に続けられる。

だから、
選べない。


手が、
キーボードに戻る。

意思とは、
少しずれている。

入力欄に、
文字を打ちかけて、
やめる。

書いた瞬間、
確定してしまう。

だから、
書かない。


カーソルが瞬く。

待っている。

何を?

続きを望んだのは、
誰だったのか。

それを、
確かめるために。


画面を閉じる。

今度こそ。

保存はしない。

エンターも押さない。

ただ、
閉じる。


暗転。

モニターが、
黒くなる。

そこに、
自分の顔が映る。

少しだけ、
笑っている。

続きを、
知っている顔だった。


(終)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です