第2章|追いつけなくなる
続きを書こうとした。
そのつもりだった。
でも実際には、
また「確認」から始めていた。
ファイルを開く。
目次をざっと流す。
直近の修正箇所に色が付いている。
自分で付けたはずの色だ。
けれど、その理由を思い出すのに、
一拍かかった。
「……ここ、そんなに重要だったっけ」
重要だった。
少なくとも、今読む限りでは。
展開は滑らかで、
無駄がなくて、
引っかかりがない。
少し前の自分なら、
「よく書けている」と言っていただろう。
今は、
そう思う前に、
別の感想が先に来る。
――早い。
理解が、ではない。
判断が。
一行、直そうとする。
ほんの些細なところだ。
語尾を変えるだけ。
ニュアンスの調整。
カーソルを合わせて、
バックスペースを押す。
消える。
その瞬間、
少しだけ安心する。
だが、
次の段落を読んで、手が止まった。
同じ意味の文が、
少し形を変えて、
そこにあった。
さっき消した文より、
うまく馴染んでいる。
「……いや、これは」
偶然だ。
論理的にはそう言える。
この程度の修正なら、
自然に回収されることもある。
それでも、
もう一度、同じ行を消すのは躊躇われた。
うまくできすぎている。
気づけば、
本文を読む速度が上がっていた。
自分で書いたはずなのに、
先が気になる。
展開を“知っている”感覚と、
“初見”の感覚が、
同時にある。
不思議と混乱はしない。
ただ、少しだけ、
息が詰まる。
※ここで主人公は、
初めて判断を一拍遅らせる。
また、注釈だ。
前にも見た形式。
確か、消したはずの。
いつからあった?
前のバージョンか。
それとも――
考えかけて、
スクロールを止める。
今は、
そこじゃない。
作業ログを開く。
v1.8
調整:判断と速度のズレを強調
v1.9
補足:読者が「追いつけない側」に立つ構造を明確化
v1.10
※主人公の視点が、
途中から「管理」になる点に注意
「……注意?」
誰に向けてだ。
自分だ。
分かっている。
でも、
言われている感じがする。
“ここからは、ついて来れますか”
と。
画面から目を離して、
一度、椅子にもたれる。
天井を見る。
白い。
現実は、ちゃんと止まっている。
時間も、音も。
なのに、
頭の中だけが進んでいる。
続きを知っているのに、
追いついていない。
そんな感覚。
戻る。
また本文に戻る。
主人公は、
まだ気づいていない。
自分が、
「追いつけなくなる側」だということに。
それが、
やけに丁寧に書かれている。
この先の展開が、
論理的に、
感情的に、
避けられないことが分かる。
だからこそ、
口を挟めない。
「……これ、正しいな」
呟いてから、
はっとする。
正しい。
何に対して?
物語に対して。
構造に対して。
判断に対して。
自分に対してではない。
保存する。
また番号を進める。
v1.10。
エンターを押す指が、
前より軽い。
もう、
迷っていない。
それが、
一番おかしかった。
ファイルを閉じる直前、
最下部に、
見覚えのない一行があった。
※ここまでが導入。
次からは、
判断が追いつかなくなる。
導入。
第2章のはずだ。
「……まあ、いいか」
そう思えた自分に、
少しだけ遅れて、
違和感が来る。
でも、
もう戻らなかった。
続きを、
読んでしまったから。
