日記小説:春のリセットログ
朝10時。
目が覚めた瞬間、世界はすでに整っていた。
カーテンの隙間から差し込む光が、やけに素直で、
今日は「何かをやる日」じゃなくて、「ちゃんと整える日」だと直感した。
コーヒーを淹れて、PCを開く。
昨日まで書いていた小説の構成を見直す。
無駄な一文を削って、流れを整えて、余白を作る。
文章を削るたびに、頭の中も少しずつ静かになっていく。
この感覚は、嫌いじゃない。
昼前、外を見ると、やけに天気がいい。
こういう日は、考えるより先に動いた方がいい。
愛用のロードバイクを引っ張り出して、ペダルを踏む。
風は軽く、気温も無駄に主張しない。
ただ前に進むだけで、体と頭のノイズが削れていく。
目的地は、昔よく通っていた古本市場。
店に入ると、少しだけ時間が巻き戻る。
並んでいる本も、空気も、どこか懐かしい。
昔はここで、何かを「探していた」。
今は、ただ「確認している」感じだ。
あの頃の自分が欲しかったものと、
今の自分が必要としているものは、もう違う。
それでも、この場所はまだ使える。
そう思えただけで十分だった。
店を出ると、すぐ近くに見慣れない看板があった。
新しくできたセカンドストリート。
ついでに入ってみる。
こういう「ついで」は、大体外れない。
服や雑貨を眺めながら、
人の手を渡ってきた物たちの流れを感じる。
新品じゃないものの方が、妙にリアルだ。
誰かの生活の残り香が、ちゃんと残っている。
少しだけ、自分の生活もその流れの中にある気がした。
帰りにスーパーに寄る。
やることは一つだけ。
携帯合算の動作確認。
こういう細かい確認をちゃんとやるようになったのは、
多分、最近の自分の変化だと思う。
「大きく変える」じゃなくて、
「ちゃんと回す」。
それだけで、生活は崩れにくくなる。
そして今、かっぱ寿司。
カウンター席でPCを開いて、こうして文章を打っている。
周りは、普通に食事をしている人たち。
自分だけ少し違うことをしているようで、
でも、別に浮いているわけでもない。
この距離感がちょうどいい。
外に出て、風を受けて、少し昔に触れて、
小さな確認を積み重ねて、今ここにいる。
特別なことは何もしていない。
でも、確実に整っている。
こういう日の積み重ねが、
たぶん、一番強い。
春の空気は、何も教えてくれない。
ただ、「やり直してもいい」とだけ、静かに許してくる。
