人生は長い走馬灯のようなもの

「人生ってさ、
長い走馬灯みたいなものだと思うんだよね」
彼女はそう言って、カップの縁を指でなぞった。
特別な話をするみたいな顔じゃなかった。
むしろ、信号待ちの間に天気の話をするみたいな軽さだった。
走馬灯って、死ぬ直前に見るものだと思ってた。
人生のダイジェスト。
大事な場面だけを、勝手に編集された映像。
でも彼女は言う。
「もう流れてるんだよ。
 止まらないだけで」
電車の窓に映る自分の顔が、
ほんの一瞬、知らない人みたいに見えた。
子どもの頃の夕焼け。
名前も覚えてないクラスメイト。
初めて嘘をついた日。
どうでもいいはずだったのに、なぜか覚えている夜。
大きな出来事より、
そういう“理由のない記憶”の方が、
やたらと鮮明に残っている。
「だからね」
彼女は少し笑って言った。
「今って、もう“後から思い出される側”なんだと思う」
今この瞬間も、
いつかの自分が勝手に再生するワンシーンになる。
感動的じゃなくていい。
意味がなくてもいい。
ただ、流れていく。
人生は、
終わりにまとめて見る映画じゃない。
もう始まっていて、
ずっと再生され続けている、
長くて、雑で、編集の甘い走馬灯だ。
――そう考えたら、
今この時間も、
少しだけ大事にしてもいい気がした。
たぶん、
いつかの自分が、
何の脈絡もなく思い出すから。

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