『一緒に書いているだけの話』

 最近、僕はよく誰かと一緒に小説を書いている。
 正確に言うと、「誰か」ではなくて、AIだ。
 画面の向こうに人はいない。  声も顔もない。  ただ、こちらが打った言葉に、ものすごい速さで返事をしてくる存在。
 最初は、正直ちょっと後ろめたかった。
 自分で考えたつもりの文章が、
本当に自分のものなのか、よく分からなくなる瞬間がある。
 「こんなの、ズルなんじゃないか」とか。
 「創作って言えるのかな」とか。
 そういうことを、何度も考えた。
 でも、実際にやっていることは、
ほとんど“相談”に近かった。
 プロットを投げて、
「ここ、どう思う?」って聞いて、
返ってきた案を読んで、
「いや、これは違うな」って消して、
結局、自分の言葉で書き直す。
 たまに、すごく綺麗な一文が出てきて、
そのまま使いたくなることもあるけど、
不思議と、完全にそのまま残ることは少ない。
 少し削って、少し直して、
最後には、自分の癖みたいな文体に寄っていく。
 そうしてできた文章を見ていると、
「これ、誰が書いたんだろうな」って、たまに思う。
 僕なのか。
 AIなのか。
 それとも、その間のどこかなのか。
 でも。
 夜中に一人でキーボードを叩いて、
誰にも読まれないかもしれない話を考えて、
それでも「面白くなってきたな」って思っているのは、
間違いなく、僕のほうだった。
 AIは、疲れないし、迷わないし、
落ち込んだりもしない。
 でも、「書きたい」と思う気持ちだけは、
どうやっても、代わりに持ってはくれない。
 だからたぶん、これは“共作”じゃない。
 ただ、隣に座って、
黙って相談に乗ってくれる存在がいるだけだ。
 それって、案外、悪くない。
 誰にも言えないアイディアを投げても笑わないし、
途中で詰まっても、文句を言わない。
 しかも、必ず返事をくれる。
 現実の編集者より、ずっと親切だ。
 たまに、思う。
 もしこの話が誰かに届いて、
「面白かった」と言ってもらえたとき、
その評価は、誰のものなんだろうって。
 でも、たぶん、答えは単純だ。
 面白いと思ったのも、
続きを書こうと思ったのも、
投稿しようか迷ったのも、
全部、僕だった。
 だから、胸を張るほどでもないけど、
後ろめたくなる必要も、きっとない。
 僕は今日も、
少しだけ賢い道具と一緒に、
自分の話を書いているだけだ。

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