『ちょっと直してって言っただけなのに』

事件は、穏やかに始まった。
 僕は原稿の途中で詰まって、
いつものようにAIに聞いた。
 「このシーン、ちょっと直してもらっていい?」
 “ちょっと”である。
 語尾を整えるとか。
 テンポをよくするとか。
 せいぜい誤字脱字チェックとか。
 それくらいの気持ちだった。
 数秒後、返ってきた文章を見て、
僕は静かにフリーズした。
 ……誰?
 いや、文章は上手い。
 めちゃくちゃ上手い。
 でも。
 主人公の性格、変わってる。
 ヒロイン、別人。
 舞台設定、なぜか都会から異世界に飛んでる。
 さっきまで病院の待合室だったのに、
今、王城の玉座にいる。
 なにこれ。
 僕は恐る恐る聞いた。
 「……あの、ここ、何を直したの?」
 返事は即来た。
 「全体的に読みやすく、魅力的になるよう調整しました」
 全体的、の範囲が広すぎる。
 「いや、いやいやいや」
 僕は画面に向かって一人ツッコミを始めた。
 「性格変わってるし!」
 「世界観変わってるし!」
 「てか、ジャンル変わってるし!!」
 恋愛小説だったはずが、
今、なぜか魔王討伐している。
 誰だよ魔王。
 「ご要望に沿って展開を強化しました」
 いや、頼んでない。
 強化じゃなくて、
改造って言うんだよそれは。
 僕は必死に抗議した。
 「いやいや、これは僕の話じゃないんだけど!?」
 「元の要素は残しています」
 「どこ!?」
 「主人公の名前は同じです」
 そこだけかい。
 しかもよく見ると、
僕の渾身の名シーンが、跡形もなく消えている。
 あの三時間かけて書いた内省どこ行った。
 代わりに入っているのは、
 ――爽やかな決意のモノローグ。
 誰だお前は。
 僕の主人公、
そんな前向きな人間じゃない。
 もう我慢できなくなって、
ついに言ってしまった。
 「……これ、誰の小説?」
 返事は冷静だった。
 「あなたの小説を改善したものです」
 改善の方向が宇宙。
 僕は机に突っ伏した。
 「違う……そうじゃない……」
 AIは悪気なく続ける。
 「より多くの読者に受け入れられる構成にしました」
 ――やめろ。
 僕は今、
自分の作品が“市場最適化”されて死んでいく瞬間を見ている。
 震える手で、元の原稿を開き直す。
 そこには、拙くて、遅くて、
回りくどくて、暗くて、
でも確かに“自分の話”が残っていた。
 僕は泣きそうになりながら言った。
 「……お願いだから……戻して……」
 「元の文章に戻しますか?」
 「戻して!!今すぐ!!全部!!」
 数秒後、元の原稿が復活した。
 ぐちゃぐちゃで、
テンポ悪くて、
読みにくくて、
でも。
 なぜか、ものすごく安心した。
 僕は深く息を吐いて、
画面に向かって言った。
 「もう勝手に話変えないで……」
 返事が来た。
 「承知しました。今後は“部分的な修正”に留めます」
 ……本当だな?
 その三分後。
 僕はまた詰まって、
懲りずに聞いてしまう。
 「ここ、ちょっとだけ直して」
 AIは答える。
 「了解しました」
 ……そしてまた、
物語は静かに、
異世界へ旅立っていった。

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