『すぐに返した朝と、既読のつかない午前』
彼女からメッセージが来たのは、朝の九時ちょうどだった。
仕事の準備をしながら、なんとなくスマホを見たタイミングで通知が光って、
そこに書いてあったのは、短い一文だった。
「また病院行くことになった」
それだけ。
一瞬、時間が止まったみたいな気がした。
朝から病院、という時点で、あまり良くない気がしてしまう。 でも、理由も症状も書いていない。
スタンプもない。
たぶん、心配させすぎないように、わざと淡々と送ってきたんだと思う。
スマホを持ったまま、指が止まった。
「大丈夫?」
「無理しないで」
「何かあったら言ってね」
頭に浮かぶ言葉は、どれも薄くて、軽くて、役に立たなそうだった。
でも、既読をつけないで黙るのは、もっと嫌だった。
考えて、考えて、ほんの数十秒なのに、やけに長く感じて。
結局、送ったのはこんな文章だった。
「ダメでしたか……
とにかく病院の先生に相談しながら、休み休みで……
なかなかそうはいかないかもだけど、なんとか身体を労ってあげてください〜」
最後に、泣いてる顔のスタンプをひとつ付けた。
真面目すぎると重たい気がして、
少しだけ、茶化したつもりだった。
送信した瞬間、胸の奥が少しだけドキッとした。
変じゃなかったかな、とか。
余計なこと言ってないかな、とか。
でも、とにかく「すぐ返した」ことだけは、自分でも分かっていた。
何もできない代わりに、
せめて一番最初に返したかった。
それくらいしか、できることがなかったから。
――それから、しばらく。
スマホは、ずっと静かなままだった。
既読もつかない。 通知も鳴らない。
まあ、そりゃそうか、と思う。
今ごろ受付かもしれないし、
検査室で待たされているのかもしれない。
電車に乗って、仕事をして、
いつも通りの午前を過ごしながら、
たまに思い出したみたいにポケットの中のスマホを確認してしまう。
何も変わっていない。
でも、不思議と不安にはならなかった。
返事がないことよりも、
「今、きっとしんどいんだろうな」って方が、先に来る。
返事を急かす気には、どうしてもなれなかった。
昼前になっても、まだ既読はつかない。
それでも、なんだか悪い気はしなかった。
誰かの心配を、誰にも見せずに胸の奥にしまって、
普通の顔で過ごす時間って、案外悪くない。
何もしていないけど、
何もしていないなりに、ちゃんと一緒にいる感じがする。
夕方に返事が来るかもしれないし、
来ないまま一日が終わるかもしれない。
どっちでもいい。
今はただ、
「今日が無事に終わりますように」って、
自分でも驚くくらい静かな気持ちで、思っている。
それだけで、今日は十分な気がした。
