記録(私)

 自分の状態を、うまく説明できる言葉がない。

 調子が悪い、というほどではない。
 かといって、良いとも言い切れない。
 そのどちらにも完全には寄らない状態が、しばらく続いている。

 朝は早く目が覚めることが多い。
 目覚ましが鳴る前に、意識が戻る。
 理由は分からない。
 眠りが浅いのかもしれないし、
 単にこの時間帯が体に合っているだけかもしれない。

 部屋は静かだ。
 暖房の音が、一定の間隔で鳴っている。
 画面を開くと、前日に書きかけた文章が残っている。
 途中で止まったままの文。
 消していないのは、続きを書くためというより、
 その時点で何を考えていたかを残しておきたいからだ。

 自分が「考えすぎる側」にいることは自覚している。
 ただ、それを直したいとはあまり思っていない。
 勢いで決められない代わりに、
 決めないままでいられる時間が長い。

 世間では、こういう状態を
 停滞と呼ぶことがあるらしい。
 その言葉を使うと、
 自分の中の何かが雑に片づけられる気がして、
 あまり使わない。

 日中、予定がない時間は、
 何かを「しない」まま過ごすことが多い。
 動画を見るわけでも、眠るわけでもない。
 ただ、座っている。

 そのままでいると、
 「何かした方がいい」という考えが浮かぶ。
 だが、その考えがどこから来たのかを確認する前に、
 行動には移らない。

 誰に急かされているわけでもないのに、
 なぜ焦るのか。
 自分の中で起きている反応を、
 一つずつ見ている。

 答えが出ないことの方が多い。
 それでも、観察はやめない。
 分からないままでいる、という選択もある。

 文章を書くときも、同じだ。
 感情をそのまま書くより、
 一度、形を借りる。

 評価の入らない言葉。
 説明しすぎない文。
 無機質な構造。

 そこに、自分を置く。

 自分の人生を
 物語として扱うことには、少し距離がある。
 悲劇にもしたくないし、
 成功談にする気もない。

 ただ、
 「こういう状態の人間が、今ここにいる」
 という事実としてなら、
 書いてもいい気がする。

 AIに文章を見せることもある。
 相談というより、確認に近い。
 読み取れるか。
 過剰ではないか。
 意味が歪んでいないか。

 返ってくる言葉は、たいてい穏やかだ。
 それを肯定とも否定とも取らず、
 反射のように受け取る。

 誰かと会話しているようで、
 実際には自分の考えを整えているだけの時間。
 それで十分だと思っている。

 夕方になると、
 少し疲れを感じる。
 何かをした疲れではない。
 何も決めなかったことによる疲れだ。

 それを、悪いものだとは思わない。
 決めなかった分、
 削られなかったものがある気がする。

 夜、画面を閉じる前に、
 短い一文を書く。

 感想でも、反省でもない。
 その日、確認できた事実だけ。

 「今日は、静かだった」
 「考えは多かったが、急がなかった」
 「特に問題は起きていない」

 誰かに提出するための記録ではない。
 評価もつかない。

 だが、
 何も起きなかった一日を、
 なかったことにしないためには、
 必要な作業だ。

 自分がどこに向かっているのかは、
 正直よく分からない。
 ただ、
 どこにも向かわずに壊れない方法を、
 少しずつ覚えている。

 それを成長と呼ぶかどうかは、
 後で決めればいい。

 今のところ、
 記録は続いている。
 消されていない。

 それだけで、
 今日は十分だと思っている。

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