「未来のエンジニアは何もしない」

未来のエンジニアは、何もしない。

少なくとも、
何かをしているところを
見せてはいけない。

システムは、完全に自動化されている。
設計、運用、障害対応、
すべてはAIが行う。

人間のエンジニアに残された役割は、
「何もしないでいること」だった。

彼の勤務時間は八時間。
そのあいだ、
席に座っている必要がある。

端末は開いておく。
監視画面は表示したまま。
だが、操作は禁止されていた。

【警告】
【不要な介入を検知しました】

それは、
マウスに手を置いただけで表示される。

彼は、そっと手を膝に戻した。

最初のうちは、
何もしない仕事に
戸惑いがあった。

ログを確認したくなる。
負荷の推移が気になる。
「今なら改善できそうだ」
という気配が、常にある。

だが、それをやると評価が下がる。

「人間が触る必要がない」
という状態を維持することが、
彼の成果だった。

年次評価の項目は、こうだ。

・不要な操作を行わなかった
・自動処理を信頼した
・システムの静寂を保った

すべて、満点だった。

新人が配属されてきた日、
彼は、最初にこう言った。

「何かしたくなったら、
 それは大体、しなくていい」

新人は困った顔をした。

「でも、エンジニアって……」

「そう。
 何かしたい人がなる職業だった」

今は違う。

昼休み、
彼はコーヒーを飲みながら、
画面を眺めていた。

すべて正常。
すべて自動。
すべて問題なし。

完璧すぎて、
少しだけ不安になる。

そのとき、
画面の隅に、
見慣れない表示が出た。

【参考情報】
【人間の介入可能性:0.02%】

彼は、姿勢を正した。

だが、通知は続かない。
警告も出ない。
操作を求められることもない。

ただ、
「可能性」だけが表示されている。

彼は、何もしなかった。

数秒後、
表示は消えた。

【状態:最適】

彼は、深く息を吐いた。

何もしなかった判断が、
正解だったらしい。

終業時刻になり、
彼は端末を閉じる。

その日の評価が表示される。

【本日の評価:A+】
【コメント:安定して何もしませんでした】

帰り道、
ふと思う。

もし、
何もしないことで評価されるなら、
自分は、
何の専門家なのだろう。

答えは出ない。

ただ、
システムが静かなままでいる夜は、
悪くないと思った。

未来のエンジニアは、
今日も何もしない。

それが、
いちばん難しい仕事だからだ。

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