「早起きが義務化された未来」
早起きが義務になったのは、三年前のことだった。
正確には、
早起きしないことが、
社会的なリスクと判断されるようになった。
健康、集中力、事故率。
あらゆる指標が、
「起床時刻」と相関しているらしい。
それ以来、
起きた時間はすべて記録される。
アラームを止めた時刻。
布団から出た時刻。
最初に立ち上がった時刻。
それらを総合して、
「起床スコア」が算出される。
僕は、特に対策をしていなかった。
早く寝るわけでもない。
気合を入れるわけでもない。
目が覚めたら、起きる。
それだけだ。
なのに、
起床スコアはいつも上位だった。
同僚に聞かれる。
「どうやってるんですか?」
「コツとかあるんですか?」
少し考えてから、答える。
「特に何もしてないですね」
嘘ではなかった。
会社の掲示板に、
月次ランキングが貼り出される。
【起床スコア部門】
一位:僕
理由は、
「安定して起きているため」。
安定、という言葉に、
少しだけ戸惑った。
起きているか、
起きていないか。
それだけのはずなのに。
表彰式では、
上司が真顔で言った。
「君は、早起きの才能がある」
才能、と言われても困る。
努力していない。
工夫もしていない。
ただ、
目が覚めているだけだ。
ある日、
通知が少しだけ変わった。
【起床スコア:S】
【評価コメント:社会的模範】
まだ、
顔も洗っていない時間だった。
街に出ると、
電車の中でも、
カフェでも、
人々は互いのスコアを気にしている。
「今日はBだった」
「昨日は寝坊扱いされた」
起きることが、
一日の始まりではなく、
評価の始まりになっていた。
僕は、少しだけ考えた。
もし、
この世界で本当に評価されているのが
「早起き」だとしたら、
僕は、
何も始めていないまま、
一番評価されていることになる。
その朝も、
目が覚めた。
通知が鳴る。
【起床スコア:A+】
【推奨行動:このまま安静にしてください】
布団の中で、
しばらく天井を見ていた。
起きている。
評価されている。
まだ、何もしていない。
それでも、
今日の僕は、
社会的に正しかった。
