「眠れない女友達」
彼女は、眠れない夜にだけ連絡をしてきた。
決まって、日付が変わったあと。
「まだ起きてる?」
それだけのメッセージ。
理由は聞かなかった。
聞かなくてもいい種類の問いだと、
いつの間にか分かるようになっていた。
通話はしない。
声を聞くと、余計に目が冴えるからだと言った。
文字だけの会話は、
ゆっくり進む。
一文送って、少し待って、
また一文。
内容は、とりとめがない。
コンビニの新しいお菓子の話。
昔見た映画のラスト。
今日、電車で見かけた人の服。
「眠れないんだよね」
それは、説明じゃなかった。
状況報告でも、相談でもない。
ただ、そういう状態にいる、という合図だった。
彼は、
「そっか」
とだけ返した。
それ以上の言葉は、
必要ない気がした。
しばらくして、
彼女から、長めの文章が届く。
仕事のこと。
うまくいかなかった会話。
誰にも言えなかった違和感。
でも、途中で止まる。
肝心なところは、書かれていない。
彼は、そのまま読んだ。
続きを促さなかった。
眠れない理由は、
言葉にした瞬間、
もっと大きくなることがある。
夜は、そういうものを
増幅させる。
「ごめんね、こんな時間に」
彼女は、よくそう書いた。
彼は、
「大丈夫だよ」
と返した。
本当に大丈夫かどうかは、
分からない。
でも、
このやり取りがある夜と、
ない夜では、
朝の重さが少し違う気がした。
しばらくすると、
返信が遅くなる。
文の間隔が、長くなる。
それは、
眠りが近づいている合図だった。
「そろそろ寝れそう」
その一文が来ると、
彼は、少しだけ安心した。
おやすみ、とは書かない。
その言葉は、
夜を終わらせてしまうからだ。
代わりに、
「またね」
と送る。
画面を閉じても、
彼はすぐには眠らない。
彼女が眠ったかどうかを、
確かめる方法はない。
それでいいと思った。
眠れない夜を、
完全に引き受けることはできない。
でも、
隣の部屋の明かりが、
消えたかもしれないと想像するくらいなら、
許される気がした。
次の日、
昼間の彼女は、
いつも通りだった。
眠れなかった夜のことは、
何も触れない。
彼も、聞かない。
それが、
友達としての距離だと、
二人とも知っていた。
彼女がまた眠れなくなったら、
きっと連絡は来る。
それまでは、
何事もなかったように、
それぞれの昼を生きる。
夜にだけ存在する関係があることを、
誰にも説明せずに。
