「ログが残らない仕事」
彼は、自分の仕事が好きだとは思っていなかった。
嫌いでもなかった。
ただ、向いているとは思っていた。
システムは、壊れる前に壊れる。
音もなく、予告もなく、
ある日突然、動かなくなる。
彼の仕事は、
その「前」を見つけることだった。
ログを見る。
数字を見る。
誰も見ない時間帯の通信を見る。
問題が起きなければ、
彼の名前はどこにも残らない。
会議で呼ばれるのは、
いつも何かが壊れたあとだった。
「今回は大丈夫でしたね」
そう言われるたびに、
彼は、少しだけ居心地が悪くなった。
大丈夫だった理由を、
誰も聞こうとしないからだ。
彼は、壊れない仕組みを作りたかったわけじゃない。
壊れる前に、
気づける場所にいたかった。
夜遅く、
一人で監視画面を見ているとき、
システムは、正直だった。
負荷は嘘をつかない。
遅延も、誤魔化さない。
限界が近づけば、
ちゃんと数字で知らせてくる。
人間より、ずっと親切だと思った。
ある日、
上司にこう言われた。
「君がいなくても、
仕組みは回るようにしないとね」
正しい言葉だった。
理屈も合っている。
でも、その日から、
彼は自分の仕事が
少しだけ怖くなった。
完璧な仕組みができたら、
彼は、どこに行けばいいのだろう。
彼はコードを書いた。
設定を直した。
手順書を更新した。
誰でもできるように、
自分の代わりができるように。
その作業は、
思ったより静かで、
思ったより寂しかった。
ある夜、
監視画面の端で、
小さな異常を見つけた。
誰も気にしないレベルの、
ほんのわずかな揺れ。
彼は、それを記録した。
修正した。
何事もなかったように、
朝を迎えた。
翌日、
誰にも気づかれなかった。
でも彼は知っていた。
もし見逃していたら、
数日後に、
誰かが困っていたことを。
彼の仕事は、
誰かの一日を、
壊れないまま終わらせることだった。
名前は残らない。
評価も、目に見えない。
それでも、
ログが静かなままでいる夜が、
彼は、少しだけ好きだった。
