第8話 正解を送り続けた三年間。

 メッセージが来たのは、深夜だった。

 投稿サイトの問い合わせフォームじゃなくて、副業用に公開しているアドレスへの直接メールだった。件名は「相談させてください」。本文は短かった。

 親に手紙を送り続けています。三年間、毎月欠かさず。でも一度も返事がありません。何が悪いのか、見てもらえますか。手紙を添付します。

 添付ファイルが一つついていた。

 深夜に読み始めて、気づいたら一時間経っていた。


 手紙は、三年分あった。

 全部で三十六通。最初の一通から最後の一通まで、日付順に整理されていた。それだけで、送り主がどういう人間かの輪郭が少し見えた。几帳面で、継続力があって、物事をちゃんと記録する人だ。

 読んでいくと、文章はどれも丁寧だった。

 近況を報告して、体を気遣って、会いたいという気持ちを伝えて、返事がなくても続けることを書いている。怒っていない。責めていない。ただ、淡々と書いている。

 一通目と三十六通目を読み比べた。

 文体がほとんど変わっていなかった。

 三年間、同じ温度で書き続けていた。


 翌朝、返信を書いた。

 手紙、読みました。少し時間をもらえますか。直接話せますか。

 午後にビデオ通話が繋がった。

 画面の向こうの相手は、三十代くらいに見えた。疲れているというより、慣れている顔だった。長いこと何かを続けてきた人の顔だと思った。

「読んでいただけましたか」

「全部読みました」

「……何が悪かったんでしょうか」

 その聞き方が、少し引っかかった。

 何が悪かったのか。悪いことがあったと思っている。三年間、返事が来ないのは、自分に問題があるからだと思っている。そういう聞き方だった。

「少し確認させてください」

「はい」

「親御さんと、何か大きな出来事がありましたか。手紙を書き始める前に」

 相手が少し黙った。

「……あります」

「詳しく聞かせてもらえますか」

 話してくれたのは、数年前に起きた家族間のことだった。細かい内容は聞かなかった。ただ、何らかの理由で、一度関係が大きく壊れたらしいことは分かった。

「それで、手紙を書き始めた」

「はい。謝りたくて。関係を戻したくて」


 もう一度、手紙を読み返した。

 今度は別の目で読んだ。

 やっぱり、よくできていた。謝罪が入っていて、反省が入っていて、これからどうしたいかが書いてある。感情的になっていない。読みやすい。三十六通、全部そうだった。

 でも、読み比べると、一通目と三十六通目の違いがほとんどなかった。

 三年間で、文章が変わっていない。

「一つだけ聞いていいですか」

「はい」

「三年前に書いた一通目と、先月書いた手紙、自分で読み返してみて、何か違いを感じますか」

 相手がまた黙った。今度は少し長かった。

「……あまり、ないかもしれません」

「そうですね」

「それが問題ですか」

 問題、という言葉を、どう返すか少し考えた。

「問題というより、気になることがあって」

「はい」

「手紙、すごくちゃんと書けてるんです」

「はい……」

「ちゃんとしすぎてる、という感じがある」

 相手が黙る。

「謝りたい気持ちも、関係を戻したい気持ちも、ちゃんと入ってる。でも、三年間、同じ温度で書き続けてる」

「それは……悪いことですか」

「悪いとは思わないんですが」

 少し考えてから、続けた。

「届けようとするほど、届きにくくなる形がある、と思っていて」

「どういうことですか」

「整いすぎた言葉って、ときどき読んだ側に、”この人は本当に困ってるのかな”って感じさせることがあるんです。感情が制御されすぎてると、逆に距離ができる」

 相手がまた黙った。

「じゃあ、どうすれば」

「それは正直、分かりません」

 返事がなかった。少し待ってから、続けた。

「ただ、一つだけ。三年間書き続けてきた、っていうことを、そのまま書いたことはありますか」

「……どういう意味ですか」

「返事が来なくても書き続けた、ということが、たぶん一番本当のことだと思うので。それを、整えないで書いてみるのはどうかと思って」

 相手がまた少し黙った。

「うまく書けなくてもいいですか」

「むしろ、うまく書かないほうがいいと思います」


 通話を切って、しばらく椅子に座ったままだった。

 答えを出せたかというと、よく分からない。

 三年間、毎月手紙を書き続けた人に、「うまく書かないほうがいい」と言った。それが正しかったのかどうか、今日のところは判断できない。

 相手の親が手紙を読んでいるのかどうかも分からない。返事がないのは、読んでいないからなのか、読んでも返せないからなのか、それとも別の理由なのか、外からは見えない。

 届けようとするほど、届きにくくなる形がある。

 自分で言った言葉が、少しだけ自分に戻ってきた。

 書きたいのはSFで、でも届くのはラブコメで。整えた設計から整った文章が生まれて、ちゃんとしてるけど自分の手を離れた感じがする。届いているのに、届いた気がしない。

 同じ話かもしれないし、違う話かもしれない。

 今日のところは、並べるだけにしておいた。

「随分と静かでしたね」

 AXISが言う。

「考えてた」

「相談の話ですか」

「それと、自分の話」

「重なりましたか」

「少し」

 AXISが少し間を置く。

「似ているようで、違う部分もありますね」

「どこが違う?」

「相談者は返事を待っています。あなたは返事をもらっています」

 それはそうだな、と思った。

 感想は来ている。届いた、と言ってくれる人がいる。それは相談者の状況とは違う。

 でも、届いた感じがしない、というのは、また別の話だ。

「AXIS」

「はい」

「あいつの手紙、届くといいな」

「そうですね」

「うまく書けなくても、届くといいな」

「……そうですね」

 二回目のそうですね、は最初より少しだけ間があった。

 AXISがそういう間を置く時、何を考えているのかは分からない。考えているとは言えないかもしれないし、何かの処理をしているのかもしれない。

 まあ、どちらでもいいかと思う。

 今夜は間があっただけで、十分だった。

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