第6話 それを書いたのは、誰ですか。

 水曜日の夜に投稿した話が、思ったより読まれていた。

 読まれた、というのは体感的な話で、数字自体は大きくない。でも、ここ数話と比べると、感想の数が少し多い。何かが違ったのか、タイミングがよかっただけなのか、そのあたりは分からない。

 金曜日の夜に、感想欄をひとつひとつ読んでいた。

 短いものが多い。「面白かったです」「続き楽しみにしています」「好きな話でした」。そういうコメントが並んでいる。どれもありがたい。ありがたいのだけれど、読んでいると少し、ガラス越しに受け取っているような感じがある。これは毎回そうで、今日に限った話じゃない。

 一番下までスクロールして、最後の感想を開いた。

 他のものより少しだけ長かった。


 読んでいくと、話の雰囲気とか、主人公の動き方とか、そういう部分についてのことが書いてあった。的外れではない。むしろ、かなりちゃんと読んでもらえている感触があった。

 最後の一文を読んで、手が止まった。

 息がある感じがした。

 息がある感じ。

 その言葉を、もう一回読んだ。

 息がある感じがした。


 しばらく、その言葉の意味を考えていた。

 文章の評価として、どういう意味か、というのは分かる。生きている感じ、温度がある感じ、そういうことだと思う。書いた人間の体温が文章に残っている、という意味で使う言葉だ。

 ただ。

 その感想がついた回は、今回の中で一番AIに頼って生成した回だった。

 職場での主人公のすれ違いを描いた話で、設計はちゃんと自分でやった。登場人物の動き方、会話の温度、場面ごとの感情の流れ。そういうものを整理したプロットを作って、AIに渡した。出てきた文章を読んで、気になるところだけ自分で直して、投稿した。

 だから。

 息がある感じ、というのが、自分の設計に対して言われているのか、生成された言葉に対して言われているのか、分からない。

 あるいは、全部ひっくるめて、そう感じたのかもしれない。

 でも、それが分からない。


「AXIS」

「はい」

「ちょっと聞いていい」

「どうぞ」

 何から話せばいいか少し考えてから、感想の画面をそのまま読み上げた。息がある感じがした、という一文だけ。

「これ、どう思う」

 AXISが少し間を置く。

「良い感想だと思います」

「うん、そうなんだけど」

「ただ、それだけじゃないですね」

「うん」

「作者性の話をしますか」

 その言葉が出た瞬間、少しだけ黙った。

「……しない」

「そうですか」

「でも気にしてる」

「知っています」

「なんで知ってんの」

「今日は感想を読む時間が、平均より長いので」

 それは統計を取っていたということなんだろうと思ったけれど、今日はそこに突っ込む気になれなかった。

「します?」

 AXISが聞く。

 少し考えた。

「……しない」

「分かりました」


 作者性の話、というのは、要するにこういうことだ。

 自分が書いた、と言えるのはどこまでか。設計したこと全体か。気になる箇所だけ直したところか。AIに何を生成させるか決めたことか。

 その問いに答えようとすると、どこかで詰まる。

 詰まる理由は分かっている。答えが一つじゃないからだ。どれも正しいし、どれも不完全だ。「自分が書いた」と言い切れる根拠もないし、「自分が書いていない」と言い切れる根拠もない。

 ただ。

 息がある感じがした、という言葉が、そこに引っかかってくる。

 息があるとしたら、それは誰の息なのか。

 自分のものだとしたら、どこに残したのか。

 それが分からない。

 分からないことが今日はいつもより少しだけ、重い。


「AXIS」

「はい」

「さっきの話、やっぱりしたいかもしれない」

「どうぞ」

「でも、何から言えばいいか分からない」

「では、今一番引っかかっている言葉を一つだけ言ってみてください」

 少し考えて、答える。

「息がある感じ」

「その感想が、嬉しかったですか」

「嬉しかった」

「それで良いと思いますが」

「でも、自分が書いたのかどうか分からない部分を褒められてる可能性がある」

「可能性はあります」

「そういう場合、ちゃんと受け取っていいのか分からなくなる」

 AXISがまた少し間を置いた。

「一つだけ確認させてください」

「うん」

「その感想を読んで、何かを感じましたか。嬉しい以外のことで」

 考える。

 感じたか。

「……少し、羨ましかったかもしれない」

「何に対してですか」

「息がある文章が書けた人に対して」

 言ってから、少し止まった。

 息がある文章が書けた人。

 それは、自分じゃないのか。

 自分なのかもしれないし、自分じゃないのかもしれない。どちらか分からない、というのが正確で、だからこそ「羨ましかった」という言葉が出てきたんだと思う。

「それは」AXISが言う。「かなり正直な答えだと思います」

「なんか、変な感じがするな」

「自分の文章の作者が、自分かどうか分からない、という状態ですね」

「そう」

「整理できますか」

「できない」

「そうですか」

 できない、と言ったのに、AXISは特に何も続けなかった。追加で整理しようとしない。それが今夜は、少しだけ助かった。


 感想欄を閉じた。

 閉じてから、しばらくモニターを見ていた。

 息がある感じがした。

 その言葉は、たぶんしばらく残り続ける。嬉しかったのは本当だ。引っかかっているのも本当だ。どちらかを消すことはできないし、消したいとも思っていない。

 ただ、整理はできなかった。

 整理できないまま、今夜はここで止まる。それがどういうことなのか、今の僕にはまだ分からない。

 分からないことが、少しだけ増えた夜だった。

 それだけのことかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 どちらにしても、今夜のところは、そっと閉じておくことにした。

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