■第1話(プロトタイプ)『』


 まあ、別に探偵ってわけじゃないんだけどさ。

 気づいたらそういう相談、ちょこちょこ来るんだよね。


「ちょっと見てもらってもいいですか?」

 そう言ってスマホを差し出してきたのは、隣の部屋に住んでる人だった。
 名前は……えっと、佐藤さんだったかな。たぶん。

 正直、名前よりも「困ってる人」って認識の方が先に来るタイプだ。


「なにこれ、LINE?」

「はい……あの、これ……私が悪いんですかね」


 画面を受け取って、軽くスクロールする。

 内容はシンプルだった。


ごめん。昨日は言い過ぎたと思う。
あなたの気持ちも考えずに話してしまった。
これからはちゃんと向き合いたいと思ってる。


 うん、まあ。

 完璧だね。


「……いや、いい文章じゃないですか」

「ですよね!? でも、なんか……その後、余計に距離置かれてて……」


 あー、なるほど。

 そういうやつか。


「これ、自分で書きました?」

「えっと……はい、一応……その……」


 ちょっとだけ視線が泳ぐ。

 あー、はいはい。


「AI?」

「……はい」


 まあ、だよね。


「いや、別にいいと思いますよ。普通に使うでしょ」

「でも……なんか、ダメだったのかなって……」


 スマホをもう一回見る。

 やっぱり、完璧だ。

 正しさに関しては、たぶん100点。


 でも。


「これさ、間違ってないんですよ」

「はい……」

「ただ、“何も乗ってない”んですよね」


 佐藤さんが、ちょっとだけ首をかしげる。


「情報としては完璧なんですよ。謝罪としても正しいし、配慮もあるし」

「……はい」

「でも、読んだ側からすると、“あなた”が見えない」


 少し黙る。

 たぶん、伝わってるかどうか微妙なライン。


「なんていうか……テンプレとしては正解なんですけど、
 個人としてのズレがゼロなんですよね」

「ズレ……?」


「人って、ちょっとくらいズレてる方が安心するんですよ」


 自分でも、何言ってるんだろうなって思う。

 でも、たぶんこれが一番近い。


「完璧すぎると、“本当にこれ書いたの?”ってなるというか」

「あ……」


 そこで、少しだけ表情が変わった。

 たぶん、何か思い当たったんだと思う。


「なんか、返事で……“それ本当に思ってる?”って言われました」

「ですよね」


 まあ、そうなるよなあ。


「じゃあ、どうしたらいいですか?」


 どうしたらいいか。

 それ、結構難しい質問なんだよね。


 ちょっとだけ考えてから、スマホを返す。


「一回、短くしていいですか」

「え?」

「“ごめん”だけ送ってみてください」


 佐藤さんが固まる。


「え、それだけですか?」

「それだけでいいです」


 少しだけ迷ったあと、ぽちぽちと入力して、送信。


 既読はすぐついた。


 数秒して、返信が来る。


うん。わかった。


 それだけだった。


 でも。


「……あれ」

「はい」

「なんか……さっきより、ちゃんとしてる感じがします」


 そりゃそうだ。


「たぶん、さっきの文章って“正しい人間”なんですよ」

「はい」

「でも今のは、“あなた”ですね」


 言いながら、少しだけ自分の中で引っかかる。


 “あなた”。


 それって、なんだろうな。


「ありがとうございます……なんか、すごいです」

「いや、別に大したことは」


 そう言いながら、軽く手を振る。

 こういうの、慣れてるし。


 ドアが閉まる音を聞いてから、少しだけ部屋が静かになる。


 テーブルの上に置きっぱなしのノートPCを見る。

 画面は、開いたままだ。


 そこには、自分の書いている小説のテキストが表示されている。


 スクロールする。


 文章は、綺麗に整っていた。

 流れも自然で、読みやすい。

 特に問題はない。


 ――よくできている。


 さっきと同じ感想が、頭に浮かぶ。


 少しだけ考えてから、新しいタブを開く。


 いつもの入力欄。


続きを生成してください


 カーソルが、点滅している。


 少しだけ、止まる。


 さっき言った言葉が、頭に残っていた。


 “何も乗ってない”


 まあ。


「……いいか」


 特に深く考えずに、送信する。


 すぐに文章が出てくる。


 それを眺めながら、少しだけ笑う。


「ちゃんとしてるなあ」


 画面を閉じることは、しなかった。


(第1話 プロトタイプ 終)

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