「雨宿り」

梅雨の終わり、部室棟の渡り廊下で足止めを食らったのは、私と彼女だけだった。
 窓の外では雨が白い線を引いて落ちている。湿った空気が肌にまとわりつく。隣に立つ先輩——篠宮(しのみや)先輩の横顔を、私は視界の端で盗み見ていた。
「傘、持ってきてないの?」
 先輩が振り向く。長いまつげの下で、切れ長の目が私を映した。
「……忘れました」
「私も」
 先輩は小さく笑って、窓枠に背中を預けた。制服のブラウスが、わずかに汗で肌に張り付いている。鎖骨のラインが透けて見えて、私は慌てて視線を逸らした。
「緒川(おがわ)さんって、いつもそうやって私のこと見てるよね」
 心臓が跳ねた。
「……見てません」
「嘘」
 先輩の声は、雨音に溶けるように柔らかかった。
「嫌じゃないから、別にいいけど」
 一歩、先輩が近づく。甘い香りが鼻をくすぐる。シャンプーの匂いだ、と気づいたとき、私の背中はすでに壁についていた。
「先輩——」
「ねえ、緒川さん」
 先輩の指が、私の頬に触れた。雨で冷えた空気の中、その指先だけが熱かった。
「私のこと、どう思ってる?」
 答えられるわけがなかった。この一年、どれだけこの人のことを考えてきたか。放課後の図書室で見かけるたびに胸が痛くなって、廊下ですれ違うだけで一日中その残り香を探してしまう。こんな気持ちに名前をつけることすら怖かった。
「……わかりません」
「そう」
 先輩は、少しだけ寂しそうに笑った。
「じゃあ、わかるようにしてあげる」
 唇が重なったのは、雷が遠くで光ったのと同時だった。
 柔らかい。最初に浮かんだのはそれだけだった。先輩の唇は驚くほど柔らかくて、かすかに甘い味がした。リップクリームの味だと、どこか遠くで理解する。
 数秒か、数十秒か。先輩が顔を離したとき、私は呼吸の仕方を忘れていた。
「……っ」
「かわいい顔」
 先輩の目が細められる。悪戯っぽい笑み。でもその奥に、私と同じ熱があるのがわかった。
「続き、してもいい?」
 頷くことしかできなかった。
 今度は先輩の舌が、私の唇をなぞる。思わず口を開くと、熱い舌が滑り込んできた。
「んっ……」
 声が漏れる。恥ずかしい。でも止められない。先輩の舌が私の舌に絡みついて、口内をゆっくりと探っていく。甘い痺れが頭の奥まで広がって、膝から力が抜けそうになる。
 先輩の手が私の腰に回された。引き寄せられて、制服越しに身体が密着する。先輩の胸の柔らかさが、私の胸に押し付けられた。
「せん、ぱい……っ」
「しー。誰か来るかもしれないでしょ」
 耳元で囁かれて、背筋が震えた。
 先輩の手が、ブラウスの裾から滑り込んでくる。直接肌に触れられた瞬間、小さく悲鳴のような声が出た。
「あ——」
「ここ、こんなに熱い」
 先輩の指が、お腹から脇腹へと這い上がっていく。くすぐったさと、それ以上の何かが混ざり合って、頭がぼんやりしてくる。
「緒川さん、すごく敏感なんだね」
「だって……初めて、だから……」
「知ってる」
 先輩の唇が、私の首筋に落ちてきた。
「私もだよ」
 その言葉に、目の奥が熱くなった。
 先輩も同じなのだ。この気持ちを持て余して、名前をつけることを恐れていたのは、私だけじゃなかった。
 先輩の舌が、首筋を舐め上げる。耳たぶを甘く噛まれて、声を殺すので精一杯だった。
「ん、ふ……っ」
 先輩の手が、ブラジャー越しに胸に触れた。
「ひっ——」
「声、我慢して」
 でも無理だった。先輩の指が、布越しに先端をなぞるたびに、喉の奥から声が溢れそうになる。
「ここ、もう硬くなってる」
「やっ……言わないで……」
「かわいい」
 先輩はそう言って、ブラジャーの縁から指を滑り込ませた。直接触れられた瞬間、視界が白く弾けた。
「あっ……!」
 先輩の指が、私の乳首を転がす。最初は優しく、だんだん強く。摘ままれたり、引っ張られたり。そのたびに腰の奥がじんと疼いて、脚の間が濡れていくのがわかった。
「先輩、もう……」
「もう、なに?」
 意地悪な声。でも先輩の息も乱れている。
「わかんない……でも、おかしくなりそう……」
「うん」
 先輩の空いている手が、私のスカートの裾を持ち上げた。
「私もだよ」
 太ももに指が触れる。内側へと這い上がっていく。私は先輩のブラウスを握りしめることしかできなかった。
 指がショーツの縁に触れる。そこがどれだけ濡れているか、先輩には全部わかってしまう。恥ずかしさで死にそうだった。
「緒川さん……」
 先輩の声が、初めて掠れた。
「すごい、濡れてる」
「っ……見ないで……」
「見てない。触ってるだけ」
 ショーツの上から、先輩の指がゆっくりと押し当てられた。
「ひあっ……!」
 声が出た。止められなかった。布越しでも、敏感な場所に触れられる感覚は強烈で、腰が勝手に跳ねる。
「ここ?」
「わかん、ない……でも——」
「じゃあ、ここは?」
 指が一番敏感な場所を見つけた。
「あっ、そこ——!」
 何度も、何度も、先輩の指がそこをなぞる。擦る。押し付ける。私の腰は勝手に動いて、先輩の指を求めていた。
「先輩、先輩……っ」
「うん、いいよ」
 先輩の唇が、また私の唇を塞いだ。舌を絡められながら、一番敏感な場所を執拗に刺激される。
 何かが昇りつめていく。止められない。止めたくない。
「んんっ——!」
 私は先輩の唇に声を吸い込まれながら、初めての絶頂を迎えた。
 身体が痙攣する。頭が真っ白になる。長い、長い波が何度も押し寄せて、ようやく引いていったとき、私は先輩の腕の中でぐったりと崩れ落ちそうになっていた。
「……大丈夫?」
 先輩の声は、優しかった。
「っ……はい……」
「よかった」
 先輩は私の髪を撫でて、額にそっと唇を落とした。
「雨、止んだみたい」
 窓の外を見ると、確かに雨音は消えていた。雲の切れ間から、夕焼けの光が差し込んでいる。
「あの」
「うん?」
「先輩のことは……」
 やっと、言葉が見つかった。
「好きです。ずっと、好きでした」
 先輩は一瞬目を見開いて、それから、今日一番の笑顔を見せた。
「やっと言った」
「……知ってたんですか」
「知ってた。でも、緒川さんの口から聞きたかったの」
 先輩の手が、もう一度私の頬に触れた。
「私も好きだよ。ずっと」
 赤く染まった空の下で、私たちはもう一度唇を重ねた。
 今度は、とても優しいキスだった。

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